【引用】 私は作品を書く過程で自分の中を掘り下げて、自分が無意識に嫌がっていることや欲しがっているものがいつのまにか作品の中に出てくるところが面白いので、やはり書いている過程が楽しいんですよね。
川添:AIが書く小説がはやったら、人間の作家は職がなくなってしまうんじゃないかとよく言われますが、それは生産に焦点が当たっているから。
「作品を生み出すモノ」として捉えたら、作家もAIも同じですよね。
私は作品を書く過程で自分の中を掘り下げて、自分が無意識に嫌がっていることや欲しがっているものがいつのまにか作品の中に出てくるところが面白いので、やはり書いている過程が楽しいんですよね。
作品は大事だけどあくまで副産物で、文章を書く過程で自分をよく理解することが一番の宝物、主産物なんだと、非常にふに落ちました。
俵:出来上がった作品で優劣をつけようとするから、AIに勝つとか負けるとかいう発想が出てくるのであって、その作品に至るまでの時間や心の動きこそが尊いという発想があれば、そもそもどっちが上とかいうのもナンセンスですよね。
川添:俵さんが「アボカドの種」のあとがきで引用されていた陶芸家・富本憲吉の「模様より模様を造るべからず」という言葉は、今の状況に合致していると思います。
今のAIは、人間っぽい言葉を紡くけれど、言葉を言葉だと認識できていない。
意味のある言葉も意味のない模様もAIからすると一緒だから、模様から模様を作っているのと同じだと思うんですね。
これどこに書いてあったか忘れたけど、面白いのが、人間性の定義の転倒が起きてるんだよね。
「AIに侵食される」という危機感を煽る人って、人間の人間性を大切に守ろうというところから出発しているんだけど、ここで言っているように、「AIに侵食されるのでは?」という問いの立て方自体が、人間の人間性を矮小化している。
《人間をマシンとして見ている》からこそ、《出来上がった作品の優劣》という基準でもって人間とAIを比べだしちゃって、その帰結として「AIに侵食されるのでは?」という不安を(勝手に)抱いている。
そもそもの比較の仕方が間違っていて、人間の人間性を《文章を書く過程で自分をよく理解することが一番の宝物、主産物》というふうに、人間の内面で起きる過程にこそ置けば、人間とAIを能力の優劣という観点で比較すること自体がナンセンス。
生成AIと呼んでるけど、実態は構成AIなのでは?
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